アフターワールドでもう一度 |
ちょっと思ったんだけど、とルカは切り出した。 何だ、と首を傾げるリカルドを仰ぎ、言葉を続ける。 「僕たちにはさ、前世の記憶があるじゃない?」 「ああ」 「それで、もし、僕が死んで、また転生したときは、今の僕──ルカ・ミルダの記憶はどうなるのかな」 「……」 「えーと、その」 「いや、言いたいことはわかる。つまり、生まれ変わったときには、今が前世となるから、今と同じように記憶が継承されるのかどうかということだろう」 「うん」 ルカはこくりと頷いた。 天術の力は消えてしまったが、アスラの記憶は残っている。 だから、もしかしたら、ルカ・ミルダの記憶も、前世の記憶として、生まれ変わった魂が持つのではないのだろうか。 ふと、そう考えたのだ。 答えなど、生まれ変わってみなければわからないが、もしかしたら、死神ヒュプノスであったリカルドなら、何かわかるのではないだろうか。 幾ばくかの期待を持って、リカルドの答えを待つ。 「…どうだろうな。天と地が完全に一つとなった今、正直、俺にも予測がつかん。循環するのか、生まれ、ただ消えていくのみなのか」 「そうなんだ…」 「そうガッカリした顔をするな」 苦笑したリカルドの手がぽん、と頭の上で弾む。 子ども扱いされてるなぁ、とルカは少し悔しくなる。 けれど、リカルドの黒い皮の手袋で覆われた手は優しく、払う気にはなれない。 結局のところ、リカルドに甘えてしまっているのだ、自分は。 「大体…何故、そんなことを気に掛ける」 「リカルドは気にならない?」 「ああ。…生まれ変わるということは、死んだ後のことだからな」 ふ、と目を伏せ、嘆息するリカルドに、ルカは口ごもる。 そんなつもりではなかった。 リカルドにこんな寂しそうな顔をさせるつもりなどなかったのに。 「…嫌だなって、思ったんだ」 ぽつりと呟き、リカルドの服の裾を掴む。 きゅ、と拳に力を込めれば、皺が寄った。 「忘れちゃうのは…消えちゃうのは、嫌だなって、思ったんだ」 アスラの記憶が残っているからこそ、そう思うのかもしれない。 消えてしまっては、嫌だと。 もし、この魂が転生したときに、今の記憶を失ってしまうのは嫌だと、強く思う。 掛け替えがない、大切な記憶。 得がたい仲間たちとの絆の記憶。 世界がどれほどに輝いているのかを、忘れたくはない。 (…何より、僕は) 翠の目を細め、ルカは唇を引き結ぶ。 リカルドの服を掴む右手は、縋るような強さに変わっていく。 ──何より、リカルドを忘れたくない。 「たくさんのものを、僕はリカルドからもらったよ。優しさも強さも温かさも切なさも悲しみも…恋心も、全部全部リカルドがくれたものだ」 忘れたくない。消えてしまうのは嫌だ。 アスラの記憶を抱えて生まれた、僕の魂。 この魂に、アスラの記憶と同じように、この想いが刻まれますように。 ルカは俯いたまま、そんなことを願う。 つ、と伸びてきたリカルドの手が、ルカの頬に触れた。 「…顔を上げろ、ミルダ」 ふるふると頭を振る。 きっと、今、自分は酷く情けない顔をしている。 見られたく、ない。 優しく頬を撫でられるけれど、ルカは強情を張り続ける。 小さく苦笑したリカルドに、ルカの身体はそのまま引き寄せられた。 ポフッ、とリカルドの胸に鼻がぶつかる。 「俺も、お前に多くのものをもらった」 「……」 「俺とて…忘れたくなどない。だがな、ミルダ」 一定のリズムを保ち、背中でリカルドの手が弾む。 鼻の奥がツンと痛む。ルカは鼻を啜り、左手でもリカルドの服を掴んだ。 「未来を──いや、死後の『未来』を恐れるよりも、今の『未来』を夢見て欲しい、と俺は思う」 「……リカルド」 「お前がアスラではないように、転生したお前もまたルカ・ミルダではなくなる。なら、俺はルカ・ミルダとして生きている今を、希望を傍らに生きて欲しい」 「…うん」 やっぱり、リカルドは優しい。 受け止めて、こうして抱き締めてくれて。 そして、希望を示してくれる。 リカルドが、好きだ。 ルカは胸が痛くなる。 「…それに」 「…?」 「もし、転生し、記憶をなくしたとしても、また一から出会えばいい。違うか?」 続けられたリカルドの声には、間違いなく、照れが滲んでいた。 どんな顔をしているのかと、ルカはそっと顔を上げる。 けれど、頭を押さえつけられたせいで、結局、覗くことは出来なかった。 顔をリカルドの胸に押し付けたまま、ルカはあはは、と声を上げて笑う。 リカルドへの愛しさが、笑い声に溶けて響く。 「うん、リカルドの言うとおり、だね」 「…ふん」 「ありがとう、リカルド」 「何がだ」 「僕の側にいてくれて」 そして、たくさんのキラキラと輝くような大切なものをくれて。 頬を朱に染め上げ、裾を掴むだけだった手をリカルドの背に回し、ぎゅ、と抱きつく。 泣きそうなくらいに、幸せだった。 「…それは俺の台詞だ」 苦笑混じりに、リカルドが呟き。 髪に落とされるキスに、ルカは潤む翠の目を閉じた。 END |