カラフルフューチャー


人間でよかったなぁ、俺。
スパーダはしみじみ実感する。
腕の中には、腕を引っ掴んで抱きこんだルカがいる。

「ちょ…、どうしたの、スパーダ?」

戸惑い露わに暴れて腕の中から逃れようとするルカを押さえつけることは、スパーダからしてみれば朝飯前。
ビクとも動かないスパーダに、先に折れたのはルカだった。
暴れるのを止め、代わりのように、はぁ、と深いため息を零している。

「ねぇ、何なの」
「人間でよかったよなぁ、と思って」
「はぁ?」
「俺もお前も人間でよかった、って言ってんだよ」

腕があって、足があって、目があって、口があって、鼻があって…挙げて言ったらキリがないが、とにかく人間でよかった。
スパーダはルカの頭に頬を摺り寄せ、吐息する。
本当に人間でよかった。
現世でまでも剣だったなら、わからないところだった。
ルカの髪がいかにサラサラで指どおり滑らかだということも、柔らかな頬がすべすべで触り心地抜群だということもわからないところだった。
ルカも人間でよかった。
抱き締めた身体の温もりにホッとする。

「…それで、どうして僕はスパーダに抱き締められてるの?」
「抱き締めたかったから」
「理由になってないよ!」
「あぁ?いいじゃねぇか、別に。とにかく、抱き締めさせろよ」
「誰か帰ってきたらどうするの!?」
「見せ付けてやればいいだろ」
「…意味わかんないよ」

またルカがため息を零すのを聞きながら、スパーダはひたすらルカの体温を満喫する。
チュ、と形のいい耳たぶにキスを落とせば、腕の中でルカの身体が面白いぐらいに跳ねた。
声にならない悲鳴を上げて、ボッと顔を真っ赤に染めたルカに、小さく笑う。

「な、な、なな、何…!」
「んー。キスしたかったから」
「ホンット意味わかんない!離してよ、スパーダ!!」
「嫌だ」
「僕にどうしろっていうのさッ?」
「好きだ」
「へぁ?」

酷く間の抜けた声とともに、ぽかーんと開けられた口に苦笑する。
予想もしていませんでした、と言わんばかりの顔だ。
どこもかしこも隙だらけなのをいいことに、今度は小振りな鼻の先にもキスをする。
ハッ、と我に返ったルカがじたばたとまた暴れだした。
先ほどよりも死に物狂いな暴れ方だったけれど、スパーダは難なく押さえ込むのに成功する。
真っ赤な顔のルカに睨まれた。

(…おお)
何ともまあ、そそる顔だ。
息は乱れ、綺麗な翠の目は潤んでいる。
寄せられた眉間の皺も、ルカの意思に関係なく、スパーダを煽った。

「嘘だよ!」
「何でだよ」
「どうせまたからかってるんでしょ?!」
「アホか。本気に決まってんだろ。こんな悪趣味な嘘つくかよ」
「ううう、でも、僕…僕たち、男同士じゃないかぁ」
「それでも好きなんだよ」

わかんないよ。
そうふてくされたように呟くルカの額にもキスを一つ。
抵抗はない。
諦めたのか、自棄になっているだけか。
柔らかそうな唇へも己のそれを近づける。
それは、ペシッ、と両手で阻止されてしまった。
口を覆ってくるルカの手が生温かい。

「…なんで、僕なの。…ッ!」

べろり、とルカの手のひらを舐める。
汗を掻いたのだろう。少し塩辛い。
反射的にパッ、とルカが手を引っ込めた隙を突き、スパーダはルカの唇を奪った。
噛み付いたと言った方が相応しいようなキスをする。

「んんー!」

ぎゅ、と閉じられた翠の目。
薄く開いた灰銀の目に、ルカの震える睫毛がぼんやりと映りこむ。
最後にわざとらしく音を立てて離れれば、ルカの大きな目の端から涙がぼろりと零れ落ちた。
ハラハラとそれはルカの頬を濡らし続ける。

「っ、ファ、ファーストキスだったのにぃ…ッ!」
「じゃ、忘れねぇな」
「スパーダの馬鹿!もう離してよ!」
「お前が俺のこと好きだっつーまで離さねぇよ」
「な、な、な」
「好きだろ?俺のこと」
「何その自信!?」
「だって、お前、本気で逃げてねぇじゃん」

本気で嫌ならば、天術でも何でも使って逃げればいいのだ。
アスラの力を持ってすれば、この腕の中から逃れることなどたやすい。
けれど、ルカはそれをしていない。
──期待するな、と言われても無理な話だろ、とスパーダは苦く笑う。

「好きだ」
「…うぅ」
「好きだ、ルカ。誰よりもお前が好き」
「す、ぱー…ダ」
「スパーダ・ベルフォルマの存在のすべてを懸けて、お前のこと、守るから」

好きだ。
しっかりと翠の目を覗き込んで告げる。
ルカの顔はこれ以上ないほどに赤い。
銀色の髪から覗く耳も真っ赤に茹で上がっている。

「返事は?」
「……」
「まだキスしたりないか?」
「た、足りてる、足りてるから!」

ぶんぶんと勢いよく頭を振るルカに、スパーダは少しばかり残念そうに舌を打つ。
危なかった、とホッと息を吐くルカが恨めしい。

「…僕に、スパーダをくれる、の?」
「ああ。丸ごと全部な」
「じゃあ…。…僕も、その…あげる」

気恥ずかしそうに逸らされた視線がたまらなく愛しい。
スパーダは満面の笑みを浮かべ、濡れたままのルカの唇に今度は優しく唇を重ねた。


END