何も知らぬ少年はただ無垢に


手を掴まれ、リカルドは首を傾げて、ルカを見下ろした。
控えめな微笑を浮かべた少年が、まろい頬を染めている。
一体、何をする気かと見守っていれば、その手をルカは自分の頭に乗せた。
そして、そのまま、じっと見上げてきた。

「……」

大きな翠色の目が、キラキラと期待を込めて自分を見ていることに、リカルドは内心、呻いた。
何を望まれているのか、正直、わからない。
試しに乗せられた手で、頭を撫でてみる。
柔らかな灰銀の髪がさらさら揺れ、ルカの目が弧を描いた。
えへへ、と嬉しそうに顔を綻ばせる子どもに、大人はホッと息を吐く。
と同時に、少しだけ複雑な思いも抱いた。

(何というか)
甘えられるのは構わない。
むしろ、甘えてくれた方がいい。何しろ、この子どもは甘え下手だから。
だから、甘えられることは嬉しいのだ。
嬉しいのだが──複雑だ。

(ある意味、完璧なバリケードだな)
おかげで、大人の対応を崩せない。
それも、保護者的な意味合いの大人だ。
少年が向けてくる信頼は、それほどに無邪気で無垢だ。
崩れた瞬間を、恐れてしまうほどに。恐れずにはいられぬほどに。

「ありがとう、リカルド」
「お安い御用だ」

エルマーナの頭を撫でてやったところでも見て、それを羨ましくでも思ったのだろう。
頭を撫でて欲しいと思うルカを、リカルドは愛らしく思う。愛しく思う。
己が抱くそれが、ただただ慈愛や親愛であれば、問題はないのに、と内心、ため息も吐く。

(…触れたいのだから、困る)
もっとこの少年の柔らかなところに触れたくなる。
髪だけではなく、頬や細い首、今は服で隠れている華奢な鎖骨。
ふっくらとした唇に、触れてみたい。

ルカがそれを望まないなら、強要する気はもちろんない。
だが、ルカの肌に触れる役目を、誰にも譲りたくないと思う気持ちも、確かにあって。
ああ、これは執着だと、リカルドはルカの頭を撫でながら、奥歯を噛み締める。
相手は無垢な子どもだというのに、抱くのは欲だとは。
まったく性質の悪い思いだと、自嘲が口の端に滲む。

「リカルド」
「何だ、ミルダ」
「また、その…甘えにきても、いいかな。あの、ほんの少しでいいし、リカルドが迷惑なら来ないから」

遠慮がちに笑い、両手の指をきゅ、と腹の前で絡ませるルカに、リカルドは目の前の少年に抱く想いのすべてを押し殺し、頷いた。
顔には、穏やかな笑みを乗せることを忘れずに。

「お安い御用だと言っただろう?お前一人、甘えさせてやるくらいの度量は持ち合わせているつもりだ」
「えへへ、ありがとう」

本当に、嬉しそうにルカが笑う。
頬を薄っすら上気させ、本当に嬉しそうに。
──自分が抱いた欲を知れば、この笑みはきっと消えてしまうだろう。
そう思うと、リカルドは恐ろしくなる。

だから、言ってはならない。
触れて欲しいと少年が望む、それ以外には、触れてはならない。
身体にも、心にも、触れてはならない。
触れれば──歯止めが効かなくなる。
そんな不吉な予感がする。

「僕もリカルドみたいに優しい人になりたいなぁ」

独り言のように呟くルカに、リカルドは笑みの底に昏い眼差しを隠した。
優しい大人。頼りになる大人。
ルカが抱くそんな幻想を砕いてやりたい衝動を、必死で殺す。

(俺は優しくなどないんだ、ミルダ)
小柄な身体を抱きしめて、貪って──考えるな、とリカルドは小さく首を振り、苦く笑う。
ルカの翠の目は、変わらず、美しいままにリカルドへと微笑んでいた。


END