夢見る花


チトセは鏡を覗き込む。
そこに映る自分の顔。
覚醒すれば、映るのはサクヤの顔になる。
花の女神、サクヤの顔に。

「可哀相なサクヤ」

花は咲き誇るものだ。
芳しい香りを放ち、色鮮やかに咲き乱れる。
花のない世界など、味気ない世界だ。
色のない世界など、つまらない。
だからこそ、彼女は慕われる女神だった。
けれど、…花は散るものだ。

「本当に、可哀相」

イナンナなどに言われずとも、わかっていた。
花の女神たるサクヤと契りを交わした者は、花のように咲き誇り、散っていくものだということなど。
鏡に触れる。
にっこりとチトセは微笑んだ。
花のように可憐な笑みを零す。

「でも、今は、私は違うわ」

愛し、愛されたとしても、散らせたりなどしない。
記憶もある。天術の力もある。
されど、この身は紛れもなく人の身体。
だから、もういいのだ。もう沈めなくていい。
天よりも地よりも深く、彼の人への愛を沈めなくていいのだ。

「うふふ」

チトセは笑う。
花が咲くように顔を綻ばせ、笑う。
イナンナ。あんな裏切り者などに、二度と愛しい人は渡さない。
もう遠慮などするものか。そんな必要もない。
サクヤは花の女神の宿命が故に、覇王の道を突き進むアスラへの恋心を抑えねばならなかったけれど、人の身として転生した今は違うのだ。

「ふふ、うふふふ」

愛しい人。アスラ様。アスラ様。アスラ様。
必ず、私は貴方を見つけ出すわ。
そして、今度こそ、ずっとお側にいるの。
愛するの。愛してもらうの。
イナンナ、もしお前もまた転生していようとも、渡すものか。
アスラ様を殺した罪を、身を持って償わせてやろう。

「アスラ様」

たとえ、どんなお姿をしていようとも必ず、貴方を見つけ出しましょう。
だって、私にわからぬわけがない。
愛しい貴方を私が違うわけもない。
目は役に立たずとも、この恋に震える心が貴方を見つけ出しましょう。

「待っていて下さい、アスラ様」

今度こそ、今度こそ。
謳うようにチトセは笑う。
今度は何も失わない。失ってなるものか。
アスラ様も、この美しいアシハラも何もかも!

「幸せになりましょうね、サクヤ」

鏡の向こうで笑みの花を咲かせる少女を前に、チトセは一人、ころころと笑い続けた。


END