新月の下、二人


毛布代わりの薄いマントの下で、ルカはそっとため息を噛み殺した。
少し離れたところでは、同じようにマントを被り、熟睡するイリアやスパーダの姿がある。
背後では、アンジュもまたすやすやと身動き一つせず、眠りに落ちている。
コーダに至っては、ダラダラと涎を零し、もぐもぐと口を動かしながら寝ている。
どうやら、夢の中で何か美味しいものを食べているらしい。
寝ても覚めても食べ物のことばかりだなぁと、その緊張感のない呑気さが羨ましかった。

(…寝ないと身体がもたないって、わかってるのに)
それでも、なかなか眠ることが出来ない。
理由はわかっている。
──怖い、のだ。

ザァ、と風が吹き、木々が葉擦れの音を立てる。
沈黙の満ちる、月が消えた夜の暗闇の中、それはルカの耳に酷く大きく響いた。
どこからか、獣の遠吠えも聞こえてくる。
息を呑み、ルカはぎゅ、と身体を丸め込む。
顔から血の気が引いていく。
怖い。外の世界がこんなに怖いものだなんて思わなかった。
闇がこんなに恐ろしいものだなんて、知らなかった。

「…どうした、ミルダ」
「ッ」

密やかに掛けられた声に、ルカの身体がビクリと跳ねる。
そろそろと顔を上げれば、熾した火の前で、リカルドが首を傾げていた。
オレンジ色に染まるリカルドの姿に、ルカはゆるりと息を吐く。

「眠れないのか?」
「…うん」

こくりと一つ頷き、ルカは周りの仲間たちを起こさないよう、身を起こした。
それだけの動きでも億劫だった。
身体は疲れきっているのだと思い知る。
なのに、眠れない。神経ばかりが恐怖で研ぎ澄まされてしまっている。

「俺が見張りでは、安心出来ないか?」
「ちが…ッ」

苦笑するリカルドに、思わず、大きな声で反論し掛け、もぞ、と動いたスパーダに、ルカは慌てて口を両手で塞いだ。
起こしてしまっただろうか。
恐る恐る窺えば、スパーダは寝返りを打っただけで、眠ったままだ。
ホッと胸を撫で下ろし、音をなるべく立てないようにして、ルカはリカルドの側に寄った。
パチパチと薪を爆ぜさせながら燃える炎が暖かい。

「違うよ、そんなんじゃないんだ」
「なら、どうした。眠らなければ、身体が持たんぞ」
「うん、わかってるんだけどね…」

前髪を引っ張り、俯く。
燃える薪が崩れ、パッと火の粉が上がった。

「わかっては、いるんだけど…」

ルカは眉をハの字に下げ、口を噤む。
眠れない理由を口にするのが、恥ずかしかった。
十五にもなって夜が怖くてだなんて、口に出来ない。

(だけど、…知らなかったんだ、本当に)
家がどんなに安全な場所だったかを、僕は知らなかった。わかっていなかった。
自分の部屋にいれば、何も怖いものなんてなかった。
明かりはいつでも灯せるし、温かなベッドもあって、大好きな本も並んでいて。
守られた場所であることを、僕はわかっていなかった。

燃える炎に照らされながら、ルカは膝を抱え込み、膝頭に額を押し付けた。
炎の熱気がルカの銀髪をちらちらと舐める。
ふ、と隣でリカルドが小さく笑ったのが、ルカはわかった。
自分があまりに情けなくて、ますます顔が上げられない。

「闇が怖いか」
「……」
「何も恥じることじゃない。今までぬくぬくと育ってきたガキがいきなり野宿させられてるんだ。平気なわけがない」

くしゃりと頭を撫でられ、ルカの涙腺がじわりと緩む。
無骨で少しだけ乱暴だったけれど、優しい手だった。

「…リカルド」
「何だ?」
「手、握ってて、くれる?…眠るまでで、いいから」

恥ずかしさで顔を上げられないまま、ルカはリカルドに縋った。
リカルドが苦笑しながらも、頷いてくれたことに、ありがとう、と震える声で礼を言う。

「ガキには大人の庇護が必要だからな」
「…うん、ありがとう」

ス、と差し出されたリカルドの左手を、右手で涙を拭い、ルカはそっと握った。
握り返してくれるリカルドの優しさに、強張っていた頬が緩む。
緊張しきっていた身体も自然と緩み、ピークに達していた疲労が眠気を連れて、ドッとルカを襲った。
とろとろと落ちてくる瞼を擦りながら、リカルドの隣で横になる。

「…おやすみ、リカルド」
「ああ」

マントをしっかりと胸にまで上げ、ルカはやっと深い眠りに落ちていった。
火の暖かさと、リカルドの手の強さに、悪夢を見ることもなかった。


END